漆喰のひとかけらを

本にアートに東京北景などなど

【小説】×4:幻想即興曲(西澤保彦さん),いつかの岸辺に跳ねていく(加納朋子さん),七人の敵がいる(加納朋子さん),下戸は勘定に入れません(西澤保彦さん)

字数約3000字,読了目安約3分半です(追記箇所を除く)。

この一週間くらいで立て続けに読んだので,ダダダッとまとめて記録することにします。とりあえず。
以下,読了順。

 

 

幻想即興曲 響季姉妹探偵 ショパン

ファンのくせに読み漏れている作品がそこそこあるので,気が向いた折に埋めにかかっている。

プロローグ的位置付けの『ポロネーズⅠ』を読み,目次を見返し,
「この百合的雰囲気と全体構成は『スコッチ・ゲーム』の再来っぽいなー」
「小説がモチーフなとこから滲み出る『幻視時代』感…」
と思ってたら2つともそこそこ当たった 嬉
長廻玲嬢にも再び会えるとは。

 

ミンツじゃないユリアンなる人物を初めて知りました。
ユリアン・フォンタナショパンの作品の校訂者・出版者であり,『幻想即興曲』をショパンの遺言に反して世に出した人。
出版社に勤める編集者・響季智香子の手元には,その『幻想即興曲』と同様,作者に「処分してくれ」と頼まれた原稿があった。それは,作者がかつて巻き込まれた実体験をもとにしたミステリ小説。冒頭において,真相は作中の解決とは別のところにあること,しかしそれとは別に,その作品は作者にとって命にも比肩し得る大切なものであることが明かされる。
作者がかつて巻き込まれた事件とは何か。作者はなぜ,作品を封印しようとしているのか。作品は,誰の人生を,どのように変えたのか。
…というような謎が,ショパンの『幻想即興曲』と絡みながら解きほぐされていく小説です。

 

ぶっちゃけ,最初の事件の犯人は早めに察しがつく(ただし途中で「んん?あれ?」とはなる。)。むしろその後の展開とか,その裏側にあった登場人物の思惑が今度は明らかになっていく展開とかが,
「ああ,西澤先生の小説だなぁ」
という感じで,僕は好きである。三人の女性の凛とした筋の通し方が,良い。
それと,神様に能力をお返しする…という一言でとても済ませることができない喪失感。
思わず水柱風に「わかるよ」と内心呟いてしまった。*1

 

 

いつかの岸辺に跳ねていく

加納朋子先生初体験,とりあえず近時の作品から入ってみた。

こういうのですよ。
こういうの期待してこの本を手に取ったんすよ僕は。
最後のはウルッときた。××の話を,まさかそういう感じで回収するとは…。

 

幼馴染,森野護と平石徹子のお話。構成的には『フラット』『レリーフ』の2章から成る。『フラット』が護視点から描かれ,気になるところでブツッと話が途切れる。そして,『レリーフ』が徹子視点から描かれ,全てを回収する。
2章とも,話は少年少女時代から始まる。
徹子は不思議な子であり,生真面目で優秀,おとなしいわりに,時々突飛な行動に出る。護編(『フラット』)の高校生時代には,護も既に「明らかに徹子は何かを隠している」と気づいている。ただ,護は同時に,「あいつがそれを口にしない以上,俺も無理に聞く気はない」というスタンスで,「見守り,頼まれれば,時にアシストする」(文庫版p87)。
隠していることの方向性は読者的にはほぼすぐに察せられるが,それが何でその行動に繋がんの?という個々の委細は分からない。そのあたりが徹子編(『レリーフ』)で明らかになる。
けっこうしんどい話である。
「…え?これ,どうなんの?」という感じになるのが,最後,キレイにストン!と決まる。

 

『登場人物の心理の動きを知った上で後から読み直すと,登場人物の言動の解釈が全然違ってくる』みたいな仕込みが,この小説にも一か所ある。
僕も途中で「えっ?」と思って該当ページを読み直したが,「そこでソレにとどまるあたりが,お前は護だなぁ…って感じだなぁ」と思うなどした。

 

たいへんディープなことを言うと,主人公の意図が同方向の作品どうし,『七回死んだ男』とテイストを比較すると多少おもろい。
程度の差はあれ多少軽めな書き方は共通するが,あっちは笑いで突き抜ける方向に行ったのに対して,こっちは,実生活的に実のある含蓄でちゃんとまとめて来たなぁ,という感じ。
p315の徹子一人称の地の文,いいっすね,こういうの。

 

 

七人の敵がいる

加納先生二冊目である。

…この本,ちょっと前にPTAのあり方の問題点とかクローズアップされた時,もしかして取り上げられたりしたっけ?気のせい?
内容的にはそんな感じの本である。

章立てを見て思わず笑ってしまって手に取ったのだが,ぶっちゃけ僕,第1章のわりと最初めのところで気分悪くなって,一瞬,読むのやめようかなと思った。
テンポよく話が進むのでそんな僕でも読めましたが,ある意味,弁護士って職業とは相性ゼロの世界の話であるとも言える。*2
山田(旧姓小原)陽子なるバリバリのワーママさんの,いわゆる奮闘記。改めてオカンに感謝したくなる本でもある。

 

女性社会のアレな部分の描写について「うわぁ…」となるのはもちろんなのだが,この小説は返す刀で男社会のアレな部分も斬られておって,そして,そういう箇所の記述に共感しかない。
西澤先生しかり,横山秀夫さんしかり,僕,男のキタナさ暴きまくる系作者の作品はそこそこいっぱい読んでますが,男性作者の場合,そういう側面について,ある意味,掘り下げすぎるんですよね。多分,同性だけに。
身も蓋もなくバッサリ斬っちまう表現の方が読む側の精神衛生上かえって良い側面もあるな,などと思った次第。

 

 

下戸は勘定に入れません

主人公同一の4篇を収めた短編集である。
おほっ,これも鵜久森シリーズでしたか。*3

 

超能力×ホワイダニット
西澤先生作品には「超能力ルールをミステリの設定に持ち込んだ」類型ってのがあり,本作はそれを「日常の謎」に転用した感じ。殺人事件は起きません。
主人公,古徳(ふるとく。准教授,50歳,バツイチ)は,誰かとお酒を飲むと,同じ相手と同じ日付・同じ曜日・同じお酒を飲んでいた過去の日にタイムスリップできる,という設定。「できる」というか,起こる時は勝手にタイムスリップが起こる。自分の意思ではできない。

4篇を収めた短編集と書いたが,この4篇の『現在編』は,2010年12月26日から同月31日の間に連続して起こる。その度,古徳曰く「それほどたくさん体験してもいない」はずのタイムスリップが起こる。しかも全篇,古徳か,古徳の身近な人物の過去・謎が絡む。
「娘の本当の父親は誰か」「誰が,どうして自殺したのか」「母親はどうやって未来を知ったのか」*4「あのときの別れに,どんな裏話があったのか」。
滅茶苦茶な酒量だし滅茶苦茶な濃度の6日間である。

 

個人的には2篇め『もしくは尾行してきた転落者の謎』が好き。4篇中いちばん独立性が高い小品であり,とある癖(へき),というか願望を抱える古徳ならではの推理,という感じの一篇である。
そこで主目的とついでを逆転させるか…
こういう凄みのあるアクロバットを決められる人はこの世に西澤先生しかいないんじゃあるまいか。

 

 

 

*1:その他,「小説の内容に関して,当該小説の書かれ方がある意味トリックになっている」という仕掛けが,個人的に興趣をそそられる。

*2:実際のところそんなことはなく,どこの世界でも部分社会の王にロクな奴はゲフンゲフン

*3:『幻視時代』ほか。なお,上述の長廻嬢も再びチラッと登場。

*4:これ,ほんと,よくこんな仕掛け思いつくよな…という感想。

【小説】幽霊たち(西澤保彦さん)

字数約1400字,読了目安2分弱です(追記箇所を除く)。

 

 

『彼女はもういない』(文庫版タイトル:『狂う』)で初めて読んで,『依存』ショック以来大好きな西澤保彦さん。*1
これまで読んだ作品のレビューなどもおいおい書けるといいな。大量にあるけど。

 

 

冒頭をちょっとだけ

2018年。病床の身の横江継実(よこえ・つぐみ)のもとを刑事が訪れ,殺人事件の被疑者が,継実の名を出したことを告げる。被疑者の名は加形野歩佳志(かなた・のぶよし)で,亡くなったのは多治見康祐(たじみ・こうすけ)。加形は,自分の犯行の動機を知りたければ,横江継実に訊いて欲しいと述べたという。
継実は加形と面識はない。ただ,加形の父・広信はかつて継実の親戚であり,多治見康祐とともに継実の同級生であった。
当時,継実と広信の家族は,広大な敷地を持つ岩楯家で暮らしていた。そこは,継実の継母・沙織が風呂場で溺死し,数年の時を挟み,沙織の弟・幸生が銃撃事件の果てに自殺したとされる場所でもあった。40年前の事件と現代の事件は関係するのか。
物語は過去に遡行し,継実,そして継実にだけ見えるという幽霊,里沙の視点から,かつての事件が語られる。

 

 

雑感(全体)

最初に

まず…この終わり方は,一ファン的に首を垂れざるを得ない。
改めてこの場をお借りし,お悔やみを申し上げたいと思う。

 

仕掛け

綺麗に決まった作品だと思う。

 

驚きは,273ページあたり*2からやってきた。
確かに振り返れば伏線は色々あった*3が,自分は気づけませんですこれは。
読み進めつつも,「ん?」と思うところは若干あった。里沙が「ツグミンが知っている以上のことは,なにも知らない」(49ページ)と言いつつ,過去パートでの描写で視点がズレてたりとか。沙織さんたちが継実といっしょに長く過ごしてたっぽい描写とか。ただ,前者は単純に訳が分からなかったし,後者は継実の自己欺瞞的な記憶の封印かと思ってました。
西澤さんの作品,ヒントの先にある真相が,主観/認知の歪みを利用したアクロバットを決めた形になってるから(我ながらよく分からない表現だ),辿り着けたためしがない。

自己認識が崩れ去るって本当に怖いけど,本書のそれは例外であり軟着陸に近く,西澤先生の他作品とは違う。どうしようもない自己欺瞞の成れの果てではないので*4
ただ,ラストで,外在化された自分が消えて,内在化されなかった他者の不在が残る。
美しい終わり方だと思うけれども,一切皆苦という感じである。
辛い。

 

系譜

超常的な出来事で人を懺悔させよう的なところは幻視時代ふうだなぁとか(『幽霊』というネタも含めて),
過去と現在を行き来する構成・地雷が脈動を再開するきっかけの意外さ・過去編の結構な凄惨さあたりの雰囲気は収穫祭に似てるなぁとか,
共同幻想の崩壊ってテーマは神のロジックだなぁとか,
『子どもを殺す』というアレ(依存)とか現代編の事件のタネの●●殺人(身代わり)とかタックタカチじゃん,沙織と乃里子は無間呪縛も入っておる(まぁこれはそれに限られないか),奴の動機はスコッチゲームのアレに近いもんがあるなぁとか,

ファン的にはそういう楽しみ方ができるのも嬉しいすね。

 

古我知学園?そういえばそれ,彼女はもういないじゃないすか。

 

 

 

*1:こないだ思い付きで日記の記載を整理したら2012年のことだった。もう9年経つんだなぁ…。

*2:ハードカバー版,以下同じ。

*3:読み返していて気づいたのだが,p44の自己ツッコミ的な慰めも,これは伏線だよな?こんなん気づけるわけあるか 笑

*4:ただし,最終的なオチの部分がそうであるだけで,他の箇所では,読んでるだけで居心地が悪くなる(俺だけ?違うよね?)表現ぶりは相変わらず健在である。「生涯,非凡かつエキセントリックな偉才なるセルフイメージの脚本と演出に腐心した人間だったのではあるまいか。」(p54)等,別に僕が言われてるわけでもないのに泣くか死ぬかしたくなる感じである。

【東京北景】日々是好日(1)

事務所周辺を散歩。すっかり肌寒いですね。

 

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スカイツリーがひょっこり。
ちなみに先日,ちょっと用があり東京タワーの真下を通りかかりましたが,久しぶりに夜の東京タワーを間近で見ました。赤が鮮やかで改めて綺麗でした。

 

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最近の散歩ルートは北側です。
そういえば,こういう形の雲を,ここのところあんまり見てなかった気がする。

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某路地裏。

 

実は今日は国選待機日でしたが,特に連絡なし。
当地が平和で何よりです。

【映画】インファナル・アフェアⅢ/終局無間

字数約3000字,読了目安4分弱です(追記箇所を除く)。

 

 

僕の1番好きな映画(3部作)の3作目。

 

その名も『終局無間』。
第一部の対決の,本当の『終局』が描かれる。
鍵を握るのは,『第三の男』ヨン,そして,『第四の男』シェン*1

 

 

冒頭をちょっとだけ

象徴的なシーンから,映画が始まる。第一部の事件の半年前,ヤンは,傷害事件を起こし,キョンとともに手錠で繋がれ,警官に連れられ,エレベーターに押し込まれる。エレベーターが下降を始めるとともにオープニングがかかり,エレベータースペースの壁面に,様々な表情の仏像が現れては消える。「チン」という音とともに,場面はヤン殉職の10か月後に切り替わる。憔悴した顔色のラウが映し出され,俯いたまま,先程まで無数の釈迦に視られていたエレベーターの箱に乗り込む。
エレベーターの中,ラウは,事件後に受けた内務調査課の調査を追憶するが,それもようやく終わった。暫定的人事として庶務課で過ごした後,古巣の内務調査課に戻ったラウ。命じられたのは,警察内部に残るサムの内通者の調査。その一人であったチャン巡査部長が自殺した際,その場に居合わせた保安部のヨンに,ラウは疑いの目を向ける。チャンの周囲を調べるうち,本土の武器商人シェンの存在が炙り出される。彼はヨンと面識があり,さらに,サムとも繋がりがあった形跡がある。
―そのシェンは,事件の半年前,サムと天壇大仏で会っていた。本土進出のため,シェンと組むことを考えたサムだが,何故か,シェンの言動に疑念を抱く。サムは,自身で取引を仕切らず,ヤンに,代わりに商談に行くよう命じるが…

 


こんな感じで,第一部の事件の数か月前と数か月後が,代わる代わるに映されながら映画が進行していく。
ヨンとシェンの思惑はかなり最後の方にならないと明かされないから,そこに至るまで=映画の大半の2人の言動は事件前のも事件後のも,かなり不気味である。
音楽も不気味で気分を盛り上げてくれる。ちょっと不気味すぎて恐さが入るレベルである。

 

雑感(全体)

第三部は,第一部・第二部とはかなり趣が違う。だからだと思うのだが,第一部・第二部よりも,世評が若干落ちてる気がする。
実際,かなりサスペンス色が濃い。しかもサイコサスペンス寄り。だから,これまでの2作品のようなテイストを期待して見ると微妙なのは確かで,かく言う僕自身,初見直後の感想としては今一つ,という感じだった。

 

と言うか。

 

もう一つ告白すると,もう優に10回以上は観ている僕だが,恥ずかしながら,未だに「よく分からない」ところがある*2。いわんや初見時をやで,この第三部は,かなり難解な作品である。まぁサスペンス的であることの結果とも言えるが,これも,世評を下げている一要因だと思う。
ただ,少なくとも僕自身に関して言えば,観るごとに自分内評価が上昇してきて,今では,三部作どれも好きさに順序が付け難い。
いわばスルメ的味わいがあるわけだが,それともう一つ。この三部作全体の最終的な『落とし所』は,この第三部の最後のアレを措いて他にはあり得ない。あの終わり方*3は,本当に凄い。まさかあの動きに,そういう意味が与えられて終わるとは……という感じで,正に『終局無間』,戦慄的である。

 

さて,僕個人として第二部は「ウォンの物語」だと思っているが,では第三部は?と言うと,これが非常に難しい。
メインストーリーは第一部後の帰趨なので,メインキャラはラウ。そこは間違いない。ただ何と言うか…本作で『ラウを主人公,ラウの物語』と表現するのは,もはや,『無間地獄という場所が主人公,無間地獄の物語』と言っているのに等しい,とでも言えばいいんだろうか。
ラウは,本作で,強烈な●れ方をする。それは地獄を『彷徨う』とか生ぬるいものではないし,ましてダークヒーロー的な魅力など皆無。ただただ,無間地獄という磁場に引きずり込まれて飲み込まれる。ラウは徹頭徹尾客体でしかなくて,描写の強烈さとは裏腹に,彼の主体的人格はもはや表現されていないと言ってもいい(気がする)。

本作は構造的には,未来(生き残ったラウ)と過去(報われず殉職したかに見えたヤン)とが対になっている。メインは前者(未来)とはいえ,ラウは過去パートにはほぼ出てこないし直接の関係もないから,まぁそういう意味でも『主人公』と形容するのは難しい。
他方のヤン。これ,ネタバレ避けながら書くのが本当に難しいのだけれども,最終的に,生きながら無間地獄に落ちたラウと『対』となり得るような感じになる。
諸行無常一切皆苦な世界観ではあるが,救いのない映画ではない。そのスレスレのバランスが,本作の絶妙な妙味と言ってよいと思う。
そしてバランスが肝である以上,これを誰かの物語だなんて考えること自体,まぁ違うわな,と思う次第である。

 

ただし好きなキャラはいるわけで,僕の場合はヨンである。
映画自体のコアがバランスにあると上述したが,ヨンもまた何とも微妙な均衡の上に立つキャラで,独特の緊張感を纏っている。
僕が好きなのは,そんなヨンの,実はヤンを助け,ヤンを必要としていた人懐っこい側面。

 

シーン10景,順不同

①ラウのラスト

この映画といえば,あのゾッとするシーンでしょ。

 

②レストランでのヤンとヨンの『初邂逅』*4

この映画でのヨンの表情は,鑑賞2回目以降,実に実に味がある。
この表情は凄いよ。

 

③「勢ぞろいか」

特に意味のない勢ぞろいシーンだが,こういうのもいい。
特にラウとラム。お前らがいる理由の取って付けた感 笑

 

④駐車場でのラウとヨンのやりとり

開始のゴングが鳴った場面である。
この映画を2度以上観て,このシーンを見直した場合,「車が隣同士で~」に対するラウの返答に「うわっ!!…」ってなり,最後のヨンの目つきに「うわ…」ってなるはずである。

 

⑤「何だよ,明日死ぬとでも言われたか?」とキョンに突っ込まれるヤンの顔

リー先生との面会を思い出してニヤケまくってるだけなのだが,個人的に,ヤンのこの表情が見られるだけでもこの映画を見る価値がある(笑)
夢の内容込みでの表情だと思うのだが,おっさんのスケベ顔もここまで来ると実に清々しい。

 

⑥ラウとヤンがリー先生の治療を受けるシーン

ラウとヤンの対の構造の象徴みたいなシーン。時間軸的に交錯させようがほぼない2人を,よくこんな形で絡ませたよなと。
説得のためのリー先生の体験談が色々と居たたまれない。
そして,ラウが目覚めて再びの「うわっ!!…」感。

 

⑦「ラウ・キンミン これが最後のチャンスだ」

過去編と合わせて,緊張クライマックスのシーン。
まさかの結着であり,「えっ………あっ!!!」となる。
しかし,一旦「あっ!」とはなるものの「どうして誰も俺に~」と続くから,やはり訳が分からなくて混乱する。
そして,「そのまんま見たまんま,訳の分からないことになってるんだ…」と分かり,ぞわっ…とする。

 

⑧波止場での穏やかな会話

ヤン,本作2度目の,とてもいい顔。
ヨン,お前,それが素か,そんな感じなのか。
シェン,お前は淡々としてんな…。

 

⑨「あいにく俺は~」からの修羅場ラスト

ラウが視る幻が良い。一瞬だけ正気に戻れたんだね。
音楽が本当にいい働きをしてくれる。

 

⑩焼香からの,雲海に誓うシーン

会話のそっけなさ,抑制の利かせ方,シェンの笑い方,全てが好きなシーンである。
それと,背景の天気が,これ以上ないくらい嵌まっている。曇天日和とでも言えばいいのか,よくこんな絶好の日を選んだよな。

 

 

 

*1:なんか予告編で,そういう呼ばれ方してましたね。

*2:リャンの立ち位置とか,「そう,これでいい」の意味とか。

*3:時間軸的な本当のラストの方です。第一部の冒頭に繋がる方ではないので念のため。

*4:実は初ではない。

【映画】インファナル・アフェアⅡ/無間序曲

字数約4000字,読了目安5分です(追記箇所を除く)。

 

 

 

僕の1番好きな映画(3部作)の2作目。


今回は,第一部に至る過去の因縁を描いた作品。第一部は,1991年のラウとヤンの潜入後,一気に10年が飛んだが,本作ではその空白の10年間が埋められる*1

ところで先に言っときたいのだが,第一部が2002年・第二部(本作)が2003年公開なので,撮影は両者並行して行われたものと思われる。つまり,2匹目のドジョウを狙った動機で作られたやつでは多分ない。*2
実際,第一部もかくやという濃密さである。*3

 

 

 


冒頭をちょっとだけ

警察署の中,ウォンと,ウォンに呼び出されたと思しきサムの会話から,物語は始まる。初めての逮捕現場で先輩警察官を殺したヤクザ者が,今は尖沙咀マフィアのボス,クワンの下で悠々と暮らしている,自分は奴の額を撃ち抜くべきだった,と独白するウォン。そのクワンの組織の幹部であるサムに「お前は信用できそうだ」と言い,クワンの下で働く理由を問うのに対し,サムは恩義を持ち出し,今の自分があるのはクワンのお蔭だ,と言う。第一部のような尖った対決ではない。ウォンは煙草を吸い,サムは食事をしながら,それなりに本音めいた言葉を吐き出している。
そのクワンが射殺される。殺したのは若き日のラウ。命じたのはサムの妻マリー。暗殺を終えたラウにマリーは,サムがラウを警察に潜入させたがっていることを伝え,ラウはこれを承諾する。外とはうって変わってマリーの前では無防備な表情のラウ。ラウはマリーに秘かに心を寄せていた。
同じ頃,ヤンは警察学校で首席の成績を収め,イップ校長・ルク警視とパーティーに出席していたが,異母兄ハウに呼び出される。ハウ,そして実はヤンも,クワンの子であり,ハウの用事はクワンが死んだことを弟のヤンに伝えることだった。その会話をイップとルクに聞かれ,クワンとの血縁関係が露呈したヤンは,警察学校退学を余儀なくされる。ヤンが警官を続ける唯一の道は,血縁関係を逆に利用しマフィアに潜入することであり,ヤンはその道を受け入れる。
そのマフィア,クワンの組織には,サムの他に4人の幹部がいた。4人の誰も,クワン亡き後の組織に忠誠を誓う気はなかったが,ハウは彼らをわずか一晩で"落とす"。クワンの後を継いだハウは,その後の4年間で組織を発展させ,強大な力を手に入れた。だが彼は,それと同時に,父殺害の復讐のため,密行して犯人を調査していた。
やがて迎えたクワンの命日,復讐の幕が開く。隠された真実が暴かれ,彼らの運命が急転する。

 


第一部もそうなのだが,特に冒頭の情報の圧縮度が高い。初見で筋に付いていくのはなかなか辛い。ただ,裏腹に,それだけに伏線も凄い。
冒頭の会話からして,本作の物語全てが凝縮されているとすら言える。

 

 


雑感(全体)

この第二部は"群像劇"だと言われていて,僕にも異論はない。三部作的に言えば「ヤンとラウの過去を掘り下げた作品」だが,表現としてはむしろ,「ヤンやラウがワンオブゼムだった時代の物語」とした方がしっくり来る。濃さで言えば,マリー,ルク,ロ・ガイの誰が主人公になっておかしくない。ハウの存在感は超が付いて圧倒的である。
各々のキャラクターの『業』が深い。
この第二部は,三部作中一番にナイーブな作品で,ナイーブな動機のために「そこまでやるか」をやる人間の罪と罰の話と言っていいと思う。
マリーはサムのために一線を越えるし,ハウは家族のためには,たとえそれが死んだ家族であれ,手段を問わない。ウォンは,自分の中の正義のために法を犯す。

中でも,この第二部で『最も業が深かったキャラクター』は誰かとするなら,ウォン以外にないと思う。言い切るなら,本作は,『"警官"ではなかった』ウォンの物語とも言える。クワンの件は言うに及ばず,この第二部中のウォンは,警官だがハウと同様に,対決する相手に対して手段を選んでない。
話は若干第二部からはみ出るが,第三部では,人を銃で撃つ時にどこを撃つか,警官ならどうするか,という問題が物語上めちゃくちゃ重要な鍵になる。
本作で,ウォンは,冒頭で「奴の額を撃ち抜くべきだった」旨述懐する。そして最後,実際に●●の額を撃ち抜いて,第一部に至る決定的な因果を設定してしまう。この間,ウォンは,●●の死を挟んで変わったはずだったのに,友人の危機に直面して,思わず,かつての自分のように行動してしまう。
よって,第三部との対比で言うなら,第二部のウォンは最初から最後まで,警官ではなかった。
撃った後のウォンは,「やってしまった…」みたいなわざとらしい表情は見せません。ただ,怒りで文字通り震える●●を見て,歯を食いしばるような,悲しげな,ほんと何とも言えない顔をします。
私見ですが,第一部の「職務に誠実なウォン警視」が生まれたのは,この時だったのかなぁ,と思う次第。

 

こういうウォン,あるいはマリーやハウを良くも悪くも『自分を捨てた人間』と表現するなら,ルク,ロ・ガイ,そしてサムは『自分を持っていた・持ち続けた人間』と言える。
中でもサムは,ウォンと真逆に,『第二部の物語を通じて,持っていたはずの自分を失ってしまったキャラクター』ではないだろうか。
サムは,(そもそもがマフィアであるという根本に目を瞑るなら,であるが,)第二部では概ね『良心的』に描かれている。世話になった恩を忘れず,ハウにも忠誠心を以て仕え,ウォンに対しても嘘をつかず,妻にも部下にも打算のない笑顔を見せる。それが,マリーの死を境に変質して,ハウの死・ハウ一家の●●を機に暗転する。
サムは,タイで九死に一生を得るが,ハウに狙われた以上,これまでのように彼の忠臣として生きる途はない。自分が狙われた以上,当然,マリーも狙われたであろうし,実際,マリーの死亡を知り,タイで葬式を出す。
その葬式のことをサムがウォンに語る時,サムは,「もう,引き返せない」と思ったと言う。これは,半生も伴侶も失った自分は,マリーがそうあれと願い,残してくれた人生を生きる他にないと思った,ということだろうと思う。だからサムは,警察に保護され香港に戻りながらも,ハウとの対決に備えて秘かに手を打つこともするし,護衛となったラウとも,協力関係を再確認する。
ただ,かといって積極的に生き永らえるのを願っていたかといえば,多分,そうでもない。*4だから,ハウとの最後の交渉にも,ほぼ生命を捨てて臨んだ。それが結局,ハウの死で全て覆った。
タイ人の組織は,もともとハウと取引し,サム抹殺に協力した組織である。よって,タイ人らは,サムがハウと敵対するのに手を貸した時点で既にルビコンを渡っている。そうである以上,そのタイ人から「やるなら徹底的に」と言われた場合,サムの側に否はない。かくして,ハウの治世を覆した・強大冷血のボスが誕生し,サムは本当に引き返せなくなってしまった。
最後,サムが香港返還に合わせた盛大なパーティーを前に,自室で一人,マリーと撮った写真を見て咽び泣き,そして,ドアを開いて会場に入るや,今度は満面の笑みで参加者と乾杯し,グラスを干す場面がある。

 

"さよなら,わたし。"


伊藤計劃さん『ハーモニー』ハヤカワ文庫JA p353, p363)

 

という感じの場面だと思う。

 

こんな具合に,第二部は,ウォンとサムが合わせ鏡のように対になった物語と見ることができる。
ただ,第一部のヤン&ラウと違い,2人の立ち位置が対極的に遠かったわけではない。立場上,全てを率直に話すことが(当然)できないだけで,折々に本音らしきものを零し合っては来たわけなので。
それが最終的にお互い倒すべき敵と認識するようになったのは,必ずしも,2人だけの問題ではないし,誰かの悪意のせいばかりでもない。
そこの"やりきれなさ"みたいな部分を,メロウ・冗長にし過ぎることなく描き切ってるところが,本作の大きな魅力だと思う。

 

 

 

シーン10景,順不同

①最後の,香港返還セレモニーとのオーバーラップ

ちょっと一気に括りすぎかもしれないが,この一連のシーンが僕は一番好きで,ものすごく上手いと思う。過去編として,第一部に至る流れを,完璧に描き切ってからのこのシーンである。
かくしてウォンは"警官"になり,サムは"マフィアのボス"になり,ヤンは"苦悩する潜入"になり,ラウは"笑う潜入"になった,と。
政治史上のエポックメイキングなセレモニーとともに,彼らも一つの時代を終えた感で,こちらも胸いっぱいになる。

②ウォンたちがハウたちを包囲して鐘が鳴るシーン

ハウたちは何やら怪しげなことをしていて,それをウォンたちが包囲する。一見,悪事が警察に露見した図だが,これからおそらく構図が逆転するであろうことを,観客は薄々知っている。
鳴る鐘が何とも邪悪な響きで,演出が巧い。

③微動だにしないウォン

微動だにできないウォン。その表情を,カメラは時間を置いて2回捉えるが,特に2回目のウォンの表情は,人前で晒せる限界値を振り切っている感がある。
凄えなアンソニー・ウォンさん。

④「私が…クワンを殺したの」後のサム

「脳天を叩き割られた気がしました……」

 

横山秀夫さん『沈黙のアリバイ』集英社文庫第三の時効』p68)

という表現が,これほどピッタリ当てはまる表情はないと思う。

⑤お札,炎上

上記鐘シーンもそうだけど,象徴的なカットがいちいち現実浮遊のギリギリを攻めている。
何故だか僕はサンスクさんを嫌いになれない。

⑥後ろを振り返るラウの目つき

いろんなベクトルの行いが全部まとめて,最悪の形で報われた時の人間の姿と目つき。
としか形容のしようがない。

⑦視線を外し,歩き出した後のマリー

第一部からの伝統みたく,無造作に突然やってくれるよね。

⑧車のエンジンのアレ

第一部からの伝統みたく,無造作に突然やってくれるよね。
そしてもう,ほんとに凄いよアンソニー・ウォンさん。

⑨ハウの仮面が剥がれた瞬間

「お前の死も祝うか?」以来の剝き出しの表情。銃を突き付けながらもすぐには言葉が出てこないほどの自失ぶり。
この日記書きながら改めて思うが,特に本作,演技がいちいち凄い…。

⑩ハウの絶望,ヤンの静かな激怒

ここ,見落としかねないレベルの一瞬なんだけど,ツーってハウの左目から涙が零れるんですよね。
この場面ね,これは,ちょっとあんまりですよ。
これはあんまりですよ。

*1:ただ,実質は6~7年。

*2:ただ,その割に,キョンとヤンの関係性がブレ気味なのは画竜点睛を欠いてる気もする。

*3:この日記を書いていて思ったが,逆に濃すぎでは?とも思うところで,好みが分かれるところかもしれない。

*4:このあたりのサムの微妙なスタンスは僕もそこまで自信があるわけではなく,未だに分からないのがタイ人の妻子に対する感情,あるいは愛情の度合いである。

【映画】インファナル・アフェア/無間道

字数約3200字,読了目安4分です(追記箇所を除く)。

 

僕の1番好きな映画(3部作)の1作目。

 

 

 

 

冒頭をちょっとだけ

舞台は1991年の香港,萬佛寺。香港マフィアのボス,サムが,警察に送り込む手下の青年数名を集め,仏前で盃儀式らしきことをしているところから始まる。その中には,鋭い目つきを持つ,若き日のラウがいた。ラウは警察学校に入学し,訓練が開始される。
同じ頃,警察学校長とウォン警視は,1人の生徒,ヤンの口頭試問を行っていた。出題者を瞬時絶句させるほどの観察力・記憶力を発揮するヤン。2人はヤンをマフィアに潜入させることに決め,ヤンは,表向きは規則違反による退学処分という体で,警察学校を去ってゆく。
それから10年。ラウが順調に実績を重ねて昇進する一方,ヤンは黒社会に沈潜し,綱渡りの精神状態の中,ウォン警視に情報提供を続けてきた。ある時,ウォンはヤンから,大きな麻薬取引が行われるとの情報を受け,サム一味を一網打尽にすべく作戦を立てる。決行当日,ブリーフィングに参加した大勢の捜査員の中には,情報課課長となっていたラウの姿があった。
作戦開始後,本部で指示を出すウォンを観察するラウは,ウォンが,左耳に奇妙なイヤホンを装着していることに気づく。一方,ウォンは,警察無線で出した指示が,サムに筒抜けになっている疑いを抱き始める。
ヤンからのリアルタイム情報提供と偽装により検挙は成功するかに思われたが,間一髪,ラウからの連絡を受信したサムが取引中止を決断したため,作戦は失敗した。
その連絡には,「有内鬼」の文字があった。
そしてウォンもまた,作戦失敗により,内通者の存在を確信。2人は,それぞれの部下の前で対決し,獅子身中の虫を暴くことを互いに宣言する。

もう冒頭から全開で面白い。
ヒリヒリ感がヤバい。

 

 


雑感(全体)

もちろん僕は全部が好きなんですが,まず,脚本あるいはストーリーの面白さは間違いないと思う。細分化すると,設定の面白さ+隙のなさ。
合わせ鏡のような真逆の立場の「潜入」2人の対決,という設定・図式からしてまず凄い。また,単純にラウを姑息な悪役として配してるわけでもない。感情移入するとすればヤンよりむしろラウ,という向きも十分あり得るところで,作品全体のアジア的・仏教的世界観に通じるところでもある。
加えて,上記設定ゆえ,誰が「潜入」か暴こうとする組織・守ろうとする「本籍組織」・本人の意思が錯綜して物語が進んでいく。ただでさえ緊張感が半端ない上に,脚本がとことん無駄を排除しており,一部の隙もない。
102分が,本当にあっという間に過ぎる映画。

 

ここからは特に個人的好みの話なのですが,改めて見返してみて,まず,いわばちょうどいい塩梅に抑制が効いてるなぁと思う。
早い話が警察とマフィアの抗争の話なわけだが,その割にえげつない場面は少ない。ほぼ唯一の派手なドンパチ場面のはずの某ビル前での撃ち合いすら,最低限のショットに絞っている印象がある。
抑制という点で言えば,ストーリーの話からは外れるが,カラーリングもそう。全体的にグレイッシュなトーンで仕上げられてる。眼に五月蠅くなくて,気を散らさずに見続けられる。

 

ただ,じゃあ描写として残酷さが薄いかというとそんなことはなく,むしろ際立っているようにも感じる。
屋上から落とされた●●●のタクシーの上での姿とか,最後の場面,24Fエレベーターホールで●●が●●れてドアがガコッガコッってつっかえるところとか,相当残酷な描かれ方と言えると思う。伊藤計劃さん的な表現になるが,生命なき死体の物質性がこれでもかと強調されてる。
しかもそれが突然やって来る。前者の場合はヤンが,後者の場合は●●が,これ他に誰もその場に来なきゃ/いなきゃ相当長い間自失が続くんじゃないかってくらい完全に自失していて,何が起こったか分かってない。
つまりは落差が凄いんだけど,ダブルの潜入周りで双方魔女狩りが進行してるっていう世界自体がそもそも・端から地獄なはずなので,唐突に現出した残酷さは本来そうあるべき残酷さ,だという感じがする。なので,残酷だし,唐突だけれども,とてもナチュラル。
この,「どうしようもないあけすけさ」みたいなのが,僕の場合,とてもピタッとハマる。無駄な暴力シーンがあるわけでなく,ただ結果として生じた事態が最高に直截的に描かれてるところが。

 

他方,ヤンの弟分のキョンが死ぬ場面は,その過程も比較的ゆっくり・多少抒情的に描かれるのだけれども,そういう死に方をしたキョンの死を,今度はヤンとラウが協力して利用するという,これもまた「どうしようもな」さ。

 

で,この一切皆苦的なアジア的・仏教的世界観が,映像とか音楽とかととてもよくマッチして,統一感がある。*1
その極致が,あの,落とし所というか落としてるか?落としてるのかこれは?みたいな,どうしようもないラスト。
褒めてます。あれは凄い。*2
そういう「無間道」か…まじか……という感じ。

 

こういう,何ともヌメッとした統一感みたいなもんが,個人的に,とてもしっくり来る映画です。
今回,この日記書くに当たって改めて見直したんですが,色褪せないですね。
何だかんだ,三部作通しで20回近く見てるんじゃないか(アホか)。
最初に見たのは大学生時代だったはずだけど,具体的にいつ頃観て,どんな感想を持ったのか,今やほとんど覚えていない。

 

 

 

シーン10景,順不同*3

①ヤンがラウに銃を突きつける屋上のシーン

これは実は,ストーリー的に重要かというと,そうでもない(笑) いかにも対決的で見栄えするからDVDのジャケットを飾るなどしてるんだろうが,「どういう流れでこの場面に行き着くんだろう!」と思ってワクワクしてると,そこはスカされるかもしれない。
ただ,それに限らず屋上のシーンは多い。景色が綺麗でもあるが,どちらかというと風向き・雲行きの不安定さを暗示する雰囲気が醸されている印象がある。
ヤンとウォンは基本,屋上で会う。その他,ラウが上司と屋上でゴルフする場面などもあり,これは未だに意味が分からない。何すか屋上でゴルフって。

②ウォンの墜落シーン,③最後のエレベーターのシーン

印象の強さで言うなら僕的にはこれらが一番。この2つのシーンは,観てるこっちも時が止まる。
上記雑感でも触れた,その後の呆然としたヤンや●●の表情含めて。

④警察学校を去るヤンと,それを横目で見るラウ

冒頭のほうのやつですが,シーンというより,ラウの全世界まとめて俺の敵だみたいな眼つきが印象に残る。
そしてここは,三部作通じて,象徴的なシーンとして繰り返し出てくる。
なお,若ヤン・若ラウと10年後のヤンラウ,似てなさすぎるところはアレといえばアレ。

⑤「ブツを捨てろ!」からの,サムが一同をねめ回すシーン,ビルにウォンが登場して両陣が対峙するシーン

観た方お分かりと思いますが,ここのシーンの緊迫感,前半のクライマックスと言ってよく,本当に凄い。
しかし無粋は承知で突っ込むが,ヤン,お前それ,バレたら素人目にも言い訳きかんやんけ…

⑥映画館の尾行シーン

胃にピリッと来るやつである。

⑦例のビルにマフィアが大勢やってきて,ビーが「うおっ!?」みたいになるシーン

マフィア襲来自体もゾクッとする事態なのだが,ビーのこの反応もまた,いろんな意味で何とも言えない。

⑧駐車場で架けた先のはずの携帯電話の音がするシーン

本作にカタルシスがあるとすればこの場面。●●の表情が素晴らしい。

⑨誤字発見シーン

彼の目的,今までの出来事が一気に繋がったんだろうなぁ…というシーン。うわぁ…ここでか…,という感じで,こちらも総毛立つ。
あのガラス越しのカメラワークで2人とも同時に映ってるやつ,めちゃくちゃ上手いと思う。

⑩●●●の自失的独白シーン

音楽が「ブツッ」って途切れるところで,次が分かるからこそ,未だ僕も『ギクッ』ってなる。
例の小説のネタ,メタファーになってるだけかと思ったら,ここで不協和音的に回収される。

*1:これが僕の好きな点であるため,そこが削ぎ落されてしまっているハリウッドリメイク版は,正直ピンと来なかった。もちろんこれは個人の好みの問題で,僕の先輩は,むしろディパーテッドの方がスタイリッシュで好きだと言っていた。

*2:ただ,この点については,三部作全部が明らかになった今,第三部のオチの心証を消して第一部単体で自分が評価できているのか,我ながら疑問はある。

*3:当ブログの性質上,ネタバレに直結するシーンは除く。

【小説】制服捜査

字数約1000字,読了目安1分ちょっとです(追記箇所を除く)。

 

 

 

佐々木譲さん2006年3月刊行作品。

主人公同一の短編集で,駐在所勤務の巡査部長(川久保篤)*1が北海道の町(志茂別町*2)で直面する5つの事件を収めたもの。
『直面する』であり『解決する』とは微妙に違うところが絶妙なところ。

 

事件のさわりをちょっとだけ

『逸脱』

赴任早々の川久保を町の有力者たちが半ば強引に訪問し饗応する最中,漠然とした通報が入り,翌朝,高校生の息子が帰らないという電話が入った。意図的な家出とは考え難い状況だった。
志茂別という小さな農業の町で,容易に辿れるはずの足跡が辿れない。

『遺恨』

放し飼いにしていた犬が,顔面を散弾銃で撃たれて殺された。中国人研修生の待遇をめぐるトラブルが浮上した矢先,別の事件が起こる。

『割れガラス』

他町から来た大工職人が,男子高校生をカツアゲから救った。後日,その男子高校生がネグレクトを受けていることが判明し,うちを出て働きたい,と川久保に告白する。

『感知器』

町内で不審火が続いて発生し,町の防犯協会は余所者の仕業と決めつける。事件は単純でなく放火が続く中,町の非難の矛先は単身赴任の川久保にも向かう。

『仮装祭』

13年前の夏祭りの夜,別荘族の両親に連れられて来た7歳の少女が失踪した。時を経て,盆踊り大会が復活し人出で賑わう会場で,再び事件が起こる。

 

雑感(全体)

いかなる意味でもマージナルではないローカルな事件,とでも言えばいいのか,そういうのを,徹底的に俯瞰を排して書いた作品で佐々木さんの右に出る人は,ちょっと思いつかない。
佐々木さんの小説は基本,三人称の文体だが,本作は特に,読者的感触として限りなく川久保の一人称に近くて,背景説明がほとんどない。その分,現場の緊迫感みたいなものが途切れない。
短編だけにいっそう濃密で,読みごたえがある。

 

我ながら自家中毒的だと思うんだが,閉鎖社会の嫌らしさと救いのなさみたいなのが背景にある作品*3を,読むとめちゃくちゃ胸糞悪くなるくせに手に取ってしまう。
本作も,町のありようの不気味さが冒頭の『逸脱』からたゆたっていて,だんだん高まって『仮装祭』で臨界点に達する。
むしろ,前半3作がやるせない。『割れガラス』は個人的に特に後味悪い。大工さんにはすごい感情移入して読んでしまう。

 

それにしても,2006年時点で外国人研修生制度について一石を投じてたのは凄いな。

*1:2002年の稲葉事件を材にしており,キャリア25年のうち15年を刑事課盗犯係・強行係で過ごしてきたにもかかわらず,突然,未経験の駐在所勤務を命じられたという設定である。

*2:十勝平野の端のこの農村」(p12)。

*3:西澤保彦さんでいうと『収穫祭』。漫画ですが『幽麗塔』に出てくる広島にある島もモロ(2巻)。