漆喰のひとかけらを

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【映画】インファナル・アフェアⅡ/無間序曲

字数約4000字,読了目安5分です(追記箇所を除く)。

 

 

 

僕の1番好きな映画(3部作)の2作目。


今回は,第一部に至る過去の因縁を描いた作品。第一部は,1991年のラウとヤンの潜入後,一気に10年が飛んだが,本作ではその空白の10年間が埋められる*1

ところで先に言っときたいのだが,第一部が2002年・第二部(本作)が2003年公開なので,撮影は両者並行して行われたものと思われる。つまり,2匹目のドジョウを狙った動機で作られたやつでは多分ない。*2
実際,第一部もかくやという濃密さである。*3

 

 

 


冒頭をちょっとだけ

警察署の中,ウォンと,ウォンに呼び出されたと思しきサムの会話から,物語は始まる。初めての逮捕現場で先輩警察官を殺したヤクザ者が,今は尖沙咀マフィアのボス,クワンの下で悠々と暮らしている,自分は奴の額を撃ち抜くべきだった,と独白するウォン。そのクワンの組織の幹部であるサムに「お前は信用できそうだ」と言い,クワンの下で働く理由を問うのに対し,サムは恩義を持ち出し,今の自分があるのはクワンのお蔭だ,と言う。第一部のような尖った対決ではない。ウォンは煙草を吸い,サムは食事をしながら,それなりに本音めいた言葉を吐き出している。
そのクワンが射殺される。殺したのは若き日のラウ。命じたのはサムの妻マリー。暗殺を終えたラウにマリーは,サムがラウを警察に潜入させたがっていることを伝え,ラウはこれを承諾する。外とはうって変わってマリーの前では無防備な表情のラウ。ラウはマリーに秘かに心を寄せていた。
同じ頃,ヤンは警察学校で首席の成績を収め,イップ校長・ルク警視とパーティーに出席していたが,異母兄ハウに呼び出される。ハウ,そして実はヤンも,クワンの子であり,ハウの用事はクワンが死んだことを弟のヤンに伝えることだった。その会話をイップとルクに聞かれ,クワンとの血縁関係が露呈したヤンは,警察学校退学を余儀なくされる。ヤンが警官を続ける唯一の道は,血縁関係を逆に利用しマフィアに潜入することであり,ヤンはその道を受け入れる。
そのマフィア,クワンの組織には,サムの他に4人の幹部がいた。4人の誰も,クワン亡き後の組織に忠誠を誓う気はなかったが,ハウは彼らをわずか一晩で"落とす"。クワンの後を継いだハウは,その後の4年間で組織を発展させ,強大な力を手に入れた。だが彼は,それと同時に,父殺害の復讐のため,密行して犯人を調査していた。
やがて迎えたクワンの命日,復讐の幕が開く。隠された真実が暴かれ,彼らの運命が急転する。

 


第一部もそうなのだが,特に冒頭の情報の圧縮度が高い。初見で筋に付いていくのはなかなか辛い。ただ,裏腹に,それだけに伏線も凄い。
冒頭の会話からして,本作の物語全てが凝縮されているとすら言える。

 

 


雑感(全体)

この第二部は"群像劇"だと言われていて,僕にも異論はない。三部作的に言えば「ヤンとラウの過去を掘り下げた作品」だが,表現としてはむしろ,「ヤンやラウがワンオブゼムだった時代の物語」とした方がしっくり来る。濃さで言えば,マリー,ルク,ロ・ガイの誰が主人公になっておかしくない。ハウの存在感は超が付いて圧倒的である。
各々のキャラクターの『業』が深い。
この第二部は,三部作中一番にナイーブな作品で,ナイーブな動機のために「そこまでやるか」をやる人間の罪と罰の話と言っていいと思う。
マリーはサムのために一線を越えるし,ハウは家族のためには,たとえそれが死んだ家族であれ,手段を問わない。ウォンは,自分の中の正義のために法を犯す。

中でも,この第二部で『最も業が深かったキャラクター』は誰かとするなら,ウォン以外にないと思う。言い切るなら,本作は,『"警官"ではなかった』ウォンの物語とも言える。クワンの件は言うに及ばず,この第二部中のウォンは,警官だがハウと同様に,対決する相手に対して手段を選んでない。
話は若干第二部からはみ出るが,第三部では,人を銃で撃つ時にどこを撃つか,警官ならどうするか,という問題が物語上めちゃくちゃ重要な鍵になる。
本作で,ウォンは,冒頭で「奴の額を撃ち抜くべきだった」旨述懐する。そして最後,実際に●●の額を撃ち抜いて,第一部に至る決定的な因果を設定してしまう。この間,ウォンは,●●の死を挟んで変わったはずだったのに,友人の危機に直面して,思わず,かつての自分のように行動してしまう。
よって,第三部との対比で言うなら,第二部のウォンは最初から最後まで,警官ではなかった。
撃った後のウォンは,「やってしまった…」みたいなわざとらしい表情は見せません。ただ,怒りで文字通り震える●●を見て,歯を食いしばるような,悲しげな,ほんと何とも言えない顔をします。
私見ですが,第一部の「職務に誠実なウォン警視」が生まれたのは,この時だったのかなぁ,と思う次第。

 

こういうウォン,あるいはマリーやハウを良くも悪くも『自分を捨てた人間』と表現するなら,ルク,ロ・ガイ,そしてサムは『自分を持っていた・持ち続けた人間』と言える。
中でもサムは,ウォンと真逆に,『第二部の物語を通じて,持っていたはずの自分を失ってしまったキャラクター』ではないだろうか。
サムは,(そもそもがマフィアであるという根本に目を瞑るなら,であるが,)第二部では概ね『良心的』に描かれている。世話になった恩を忘れず,ハウにも忠誠心を以て仕え,ウォンに対しても嘘をつかず,妻にも部下にも打算のない笑顔を見せる。それが,マリーの死を境に変質して,ハウの死・ハウ一家の●●を機に暗転する。
サムは,タイで九死に一生を得るが,ハウに狙われた以上,これまでのように彼の忠臣として生きる途はない。自分が狙われた以上,当然,マリーも狙われたであろうし,実際,マリーの死亡を知り,タイで葬式を出す。
その葬式のことをサムがウォンに語る時,サムは,「もう,引き返せない」と思ったと言う。これは,半生も伴侶も失った自分は,マリーがそうあれと願い,残してくれた人生を生きる他にないと思った,ということだろうと思う。だからサムは,警察に保護され香港に戻りながらも,ハウとの対決に備えて秘かに手を打つこともするし,護衛となったラウとも,協力関係を再確認する。
ただ,かといって積極的に生き永らえるのを願っていたかといえば,多分,そうでもない。*4だから,ハウとの最後の交渉にも,ほぼ生命を捨てて臨んだ。それが結局,ハウの死で全て覆った。
タイ人の組織は,もともとハウと取引し,サム抹殺に協力した組織である。よって,タイ人らは,サムがハウと敵対するのに手を貸した時点で既にルビコンを渡っている。そうである以上,そのタイ人から「やるなら徹底的に」と言われた場合,サムの側に否はない。かくして,ハウの治世を覆した・強大冷血のボスが誕生し,サムは本当に引き返せなくなってしまった。
最後,サムが香港返還に合わせた盛大なパーティーを前に,自室で一人,マリーと撮った写真を見て咽び泣き,そして,ドアを開いて会場に入るや,今度は満面の笑みで参加者と乾杯し,グラスを干す場面がある。

 

"さよなら,わたし。"


伊藤計劃さん『ハーモニー』ハヤカワ文庫JA p353, p363)

 

という感じの場面だと思う。

 

こんな具合に,第二部は,ウォンとサムが合わせ鏡のように対になった物語と見ることができる。
ただ,第一部のヤン&ラウと違い,2人の立ち位置が対極的に遠かったわけではない。立場上,全てを率直に話すことが(当然)できないだけで,折々に本音らしきものを零し合っては来たわけなので。
それが最終的にお互い倒すべき敵と認識するようになったのは,必ずしも,2人だけの問題ではないし,誰かの悪意のせいばかりでもない。
そこの"やりきれなさ"みたいな部分を,メロウ・冗長にし過ぎることなく描き切ってるところが,本作の大きな魅力だと思う。

 

 

 

シーン10景,順不同

①最後の,香港返還セレモニーとのオーバーラップ

ちょっと一気に括りすぎかもしれないが,この一連のシーンが僕は一番好きで,ものすごく上手いと思う。過去編として,第一部に至る流れを,完璧に描き切ってからのこのシーンである。
かくしてウォンは"警官"になり,サムは"マフィアのボス"になり,ヤンは"苦悩する潜入"になり,ラウは"笑う潜入"になった,と。
政治史上のエポックメイキングなセレモニーとともに,彼らも一つの時代を終えた感で,こちらも胸いっぱいになる。

②ウォンたちがハウたちを包囲して鐘が鳴るシーン

ハウたちは何やら怪しげなことをしていて,それをウォンたちが包囲する。一見,悪事が警察に露見した図だが,これからおそらく構図が逆転するであろうことを,観客は薄々知っている。
鳴る鐘が何とも邪悪な響きで,演出が巧い。

③微動だにしないウォン

微動だにできないウォン。その表情を,カメラは時間を置いて2回捉えるが,特に2回目のウォンの表情は,人前で晒せる限界値を振り切っている感がある。
凄えなアンソニー・ウォンさん。

④「私が…クワンを殺したの」後のサム

「脳天を叩き割られた気がしました……」

 

横山秀夫さん『沈黙のアリバイ』集英社文庫第三の時効』p68)

という表現が,これほどピッタリ当てはまる表情はないと思う。

⑤お札,炎上

上記鐘シーンもそうだけど,象徴的なカットがいちいち現実浮遊のギリギリを攻めている。
何故だか僕はサンスクさんを嫌いになれない。

⑥後ろを振り返るラウの目つき

いろんなベクトルの行いが全部まとめて,最悪の形で報われた時の人間の姿と目つき。
としか形容のしようがない。

⑦視線を外し,歩き出した後のマリー

第一部からの伝統みたく,無造作に突然やってくれるよね。

⑧車のエンジンのアレ

第一部からの伝統みたく,無造作に突然やってくれるよね。
そしてもう,ほんとに凄いよアンソニー・ウォンさん。

⑨ハウの仮面が剥がれた瞬間

「お前の死も祝うか?」以来の剝き出しの表情。銃を突き付けながらもすぐには言葉が出てこないほどの自失ぶり。
この日記書きながら改めて思うが,特に本作,演技がいちいち凄い…。

⑩ハウの絶望,ヤンの静かな激怒

ここ,見落としかねないレベルの一瞬なんだけど,ツーってハウの左目から涙が零れるんですよね。
この場面ね,これは,ちょっとあんまりですよ。
これはあんまりですよ。

*1:ただ,実質は6~7年。

*2:ただ,その割に,キョンとヤンの関係性がブレ気味なのは画竜点睛を欠いてる気もする。

*3:この日記を書いていて思ったが,逆に濃すぎでは?とも思うところで,好みが分かれるところかもしれない。

*4:このあたりのサムの微妙なスタンスは僕もそこまで自信があるわけではなく,未だに分からないのがタイ人の妻子に対する感情,あるいは愛情の度合いである。