漆喰のひとかけらを

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【小説】幽霊たち(西澤保彦さん)

字数約1400字,読了目安2分弱です(追記箇所を除く)。

 

 

『彼女はもういない』(文庫版タイトル:『狂う』)で初めて読んで,『依存』ショック以来大好きな西澤保彦さん。*1
これまで読んだ作品のレビューなどもおいおい書けるといいな。大量にあるけど。

 

 

冒頭をちょっとだけ

2018年。病床の身の横江継実(よこえ・つぐみ)のもとを刑事が訪れ,殺人事件の被疑者が,継実の名を出したことを告げる。被疑者の名は加形野歩佳志(かなた・のぶよし)で,亡くなったのは多治見康祐(たじみ・こうすけ)。加形は,自分の犯行の動機を知りたければ,横江継実に訊いて欲しいと述べたという。
継実は加形と面識はない。ただ,加形の父・広信はかつて継実の親戚であり,多治見康祐とともに継実の同級生であった。
当時,継実と広信の家族は,広大な敷地を持つ岩楯家で暮らしていた。そこは,継実の継母・沙織が風呂場で溺死し,数年の時を挟み,沙織の弟・幸生が銃撃事件の果てに自殺したとされる場所でもあった。40年前の事件と現代の事件は関係するのか。
物語は過去に遡行し,継実,そして継実にだけ見えるという幽霊,里沙の視点から,かつての事件が語られる。

 

 

雑感(全体)

最初に

まず…この終わり方は,一ファン的に首を垂れざるを得ない。
改めてこの場をお借りし,お悔やみを申し上げたいと思う。

 

仕掛け

綺麗に決まった作品だと思う。

 

驚きは,273ページあたり*2からやってきた。
確かに振り返れば伏線は色々あった*3が,自分は気づけませんですこれは。
読み進めつつも,「ん?」と思うところは若干あった。里沙が「ツグミンが知っている以上のことは,なにも知らない」(49ページ)と言いつつ,過去パートでの描写で視点がズレてたりとか。沙織さんたちが継実といっしょに長く過ごしてたっぽい描写とか。ただ,前者は単純に訳が分からなかったし,後者は継実の自己欺瞞的な記憶の封印かと思ってました。
西澤さんの作品,ヒントの先にある真相が,主観/認知の歪みを利用したアクロバットを決めた形になってるから(我ながらよく分からない表現だ),辿り着けたためしがない。

自己認識が崩れ去るって本当に怖いけど,本書のそれは例外であり軟着陸に近く,西澤先生の他作品とは違う。どうしようもない自己欺瞞の成れの果てではないので*4
ただ,ラストで,外在化された自分が消えて,内在化されなかった他者の不在が残る。
美しい終わり方だと思うけれども,一切皆苦という感じである。
辛い。

 

系譜

超常的な出来事で人を懺悔させよう的なところは幻視時代ふうだなぁとか(『幽霊』というネタも含めて),
過去と現在を行き来する構成・地雷が脈動を再開するきっかけの意外さ・過去編の結構な凄惨さあたりの雰囲気は収穫祭に似てるなぁとか,
共同幻想の崩壊ってテーマは神のロジックだなぁとか,
『子どもを殺す』というアレ(依存)とか現代編の事件のタネの●●殺人(身代わり)とかタックタカチじゃん,沙織と乃里子は無間呪縛も入っておる(まぁこれはそれに限られないか),奴の動機はスコッチゲームのアレに近いもんがあるなぁとか,

ファン的にはそういう楽しみ方ができるのも嬉しいすね。

 

古我知学園?そういえばそれ,彼女はもういないじゃないすか。

 

 

 

*1:こないだ思い付きで日記の記載を整理したら2012年のことだった。もう9年経つんだなぁ…。

*2:ハードカバー版,以下同じ。

*3:読み返していて気づいたのだが,p44の自己ツッコミ的な慰めも,これは伏線だよな?こんなん気づけるわけあるか 笑

*4:ただし,最終的なオチの部分がそうであるだけで,他の箇所では,読んでるだけで居心地が悪くなる(俺だけ?違うよね?)表現ぶりは相変わらず健在である。「生涯,非凡かつエキセントリックな偉才なるセルフイメージの脚本と演出に腐心した人間だったのではあるまいか。」(p54)等,別に僕が言われてるわけでもないのに泣くか死ぬかしたくなる感じである。