漆喰のひとかけらを

本にアートに東京北景などなど

【小説】×4:幻想即興曲(西澤保彦さん),いつかの岸辺に跳ねていく(加納朋子さん),七人の敵がいる(加納朋子さん),下戸は勘定に入れません(西澤保彦さん)

字数約3000字,読了目安約3分半です(追記箇所を除く)。

この一週間くらいで立て続けに読んだので,ダダダッとまとめて記録することにします。とりあえず。
以下,読了順。

 

 

幻想即興曲 響季姉妹探偵 ショパン

ファンのくせに読み漏れている作品がそこそこあるので,気が向いた折に埋めにかかっている。

プロローグ的位置付けの『ポロネーズⅠ』を読み,目次を見返し,
「この百合的雰囲気と全体構成は『スコッチ・ゲーム』の再来っぽいなー」
「小説がモチーフなとこから滲み出る『幻視時代』感…」
と思ってたら2つともそこそこ当たった 嬉
長廻玲嬢にも再び会えるとは。

 

ミンツじゃないユリアンなる人物を初めて知りました。
ユリアン・フォンタナショパンの作品の校訂者・出版者であり,『幻想即興曲』をショパンの遺言に反して世に出した人。
出版社に勤める編集者・響季智香子の手元には,その『幻想即興曲』と同様,作者に「処分してくれ」と頼まれた原稿があった。それは,作者がかつて巻き込まれた実体験をもとにしたミステリ小説。冒頭において,真相は作中の解決とは別のところにあること,しかしそれとは別に,その作品は作者にとって命にも比肩し得る大切なものであることが明かされる。
作者がかつて巻き込まれた事件とは何か。作者はなぜ,作品を封印しようとしているのか。作品は,誰の人生を,どのように変えたのか。
…というような謎が,ショパンの『幻想即興曲』と絡みながら解きほぐされていく小説です。

 

ぶっちゃけ,最初の事件の犯人は早めに察しがつく(ただし途中で「んん?あれ?」とはなる。)。むしろその後の展開とか,その裏側にあった登場人物の思惑が今度は明らかになっていく展開とかが,
「ああ,西澤先生の小説だなぁ」
という感じで,僕は好きである。三人の女性の凛とした筋の通し方が,良い。
それと,神様に能力をお返しする…という一言でとても済ませることができない喪失感。
思わず水柱風に「わかるよ」と内心呟いてしまった。*1

 

 

いつかの岸辺に跳ねていく

加納朋子先生初体験,とりあえず近時の作品から入ってみた。

こういうのですよ。
こういうの期待してこの本を手に取ったんすよ僕は。
最後のはウルッときた。××の話を,まさかそういう感じで回収するとは…。

 

幼馴染,森野護と平石徹子のお話。構成的には『フラット』『レリーフ』の2章から成る。『フラット』が護視点から描かれ,気になるところでブツッと話が途切れる。そして,『レリーフ』が徹子視点から描かれ,全てを回収する。
2章とも,話は少年少女時代から始まる。
徹子は不思議な子であり,生真面目で優秀,おとなしいわりに,時々突飛な行動に出る。護編(『フラット』)の高校生時代には,護も既に「明らかに徹子は何かを隠している」と気づいている。ただ,護は同時に,「あいつがそれを口にしない以上,俺も無理に聞く気はない」というスタンスで,「見守り,頼まれれば,時にアシストする」(文庫版p87)。
隠していることの方向性は読者的にはほぼすぐに察せられるが,それが何でその行動に繋がんの?という個々の委細は分からない。そのあたりが徹子編(『レリーフ』)で明らかになる。
けっこうしんどい話である。
「…え?これ,どうなんの?」という感じになるのが,最後,キレイにストン!と決まる。

 

『登場人物の心理の動きを知った上で後から読み直すと,登場人物の言動の解釈が全然違ってくる』みたいな仕込みが,この小説にも一か所ある。
僕も途中で「えっ?」と思って該当ページを読み直したが,「そこでソレにとどまるあたりが,お前は護だなぁ…って感じだなぁ」と思うなどした。

 

たいへんディープなことを言うと,主人公の意図が同方向の作品どうし,『七回死んだ男』とテイストを比較すると多少おもろい。
程度の差はあれ多少軽めな書き方は共通するが,あっちは笑いで突き抜ける方向に行ったのに対して,こっちは,実生活的に実のある含蓄でちゃんとまとめて来たなぁ,という感じ。
p315の徹子一人称の地の文,いいっすね,こういうの。

 

 

七人の敵がいる

加納先生二冊目である。

…この本,ちょっと前にPTAのあり方の問題点とかクローズアップされた時,もしかして取り上げられたりしたっけ?気のせい?
内容的にはそんな感じの本である。

章立てを見て思わず笑ってしまって手に取ったのだが,ぶっちゃけ僕,第1章のわりと最初めのところで気分悪くなって,一瞬,読むのやめようかなと思った。
テンポよく話が進むのでそんな僕でも読めましたが,ある意味,弁護士って職業とは相性ゼロの世界の話であるとも言える。*2
山田(旧姓小原)陽子なるバリバリのワーママさんの,いわゆる奮闘記。改めてオカンに感謝したくなる本でもある。

 

女性社会のアレな部分の描写について「うわぁ…」となるのはもちろんなのだが,この小説は返す刀で男社会のアレな部分も斬られておって,そして,そういう箇所の記述に共感しかない。
西澤先生しかり,横山秀夫さんしかり,僕,男のキタナさ暴きまくる系作者の作品はそこそこいっぱい読んでますが,男性作者の場合,そういう側面について,ある意味,掘り下げすぎるんですよね。多分,同性だけに。
身も蓋もなくバッサリ斬っちまう表現の方が読む側の精神衛生上かえって良い側面もあるな,などと思った次第。

 

 

下戸は勘定に入れません

主人公同一の4篇を収めた短編集である。
おほっ,これも鵜久森シリーズでしたか。*3

 

超能力×ホワイダニット
西澤先生作品には「超能力ルールをミステリの設定に持ち込んだ」類型ってのがあり,本作はそれを「日常の謎」に転用した感じ。殺人事件は起きません。
主人公,古徳(ふるとく。准教授,50歳,バツイチ)は,誰かとお酒を飲むと,同じ相手と同じ日付・同じ曜日・同じお酒を飲んでいた過去の日にタイムスリップできる,という設定。「できる」というか,起こる時は勝手にタイムスリップが起こる。自分の意思ではできない。

4篇を収めた短編集と書いたが,この4篇の『現在編』は,2010年12月26日から同月31日の間に連続して起こる。その度,古徳曰く「それほどたくさん体験してもいない」はずのタイムスリップが起こる。しかも全篇,古徳か,古徳の身近な人物の過去・謎が絡む。
「娘の本当の父親は誰か」「誰が,どうして自殺したのか」「母親はどうやって未来を知ったのか」*4「あのときの別れに,どんな裏話があったのか」。
滅茶苦茶な酒量だし滅茶苦茶な濃度の6日間である。

 

個人的には2篇め『もしくは尾行してきた転落者の謎』が好き。4篇中いちばん独立性が高い小品であり,とある癖(へき),というか願望を抱える古徳ならではの推理,という感じの一篇である。
そこで主目的とついでを逆転させるか…
こういう凄みのあるアクロバットを決められる人はこの世に西澤先生しかいないんじゃあるまいか。

 

 

 

*1:その他,「小説の内容に関して,当該小説の書かれ方がある意味トリックになっている」という仕掛けが,個人的に興趣をそそられる。

*2:実際のところそんなことはなく,どこの世界でも部分社会の王にロクな奴はゲフンゲフン

*3:『幻視時代』ほか。なお,上述の長廻嬢も再びチラッと登場。

*4:これ,ほんと,よくこんな仕掛け思いつくよな…という感想。