漆喰のひとかけらを

本にアートに東京北景などなど

【映画】空の青さを知る人よ

(約2800字です。)

 

2019年10月に公開されたアニメ映画。2年半ちょっとぶりに見た。

少しだけ個人的な話を。これが公開された当時,僕は弁護士1年目で,今後の方向性についてものすごく悩んでいた中でこれを見た。というか最初の事務所を辞める超直前だか辞めた超直後だかに見た。
何というか,自我未確立の中高時代に経験したことって,いわば自我の鎧なしに心に刻まれる感じで,鮮明に覚えてたりするじゃないですか。良くも悪くも。
この映画は僕にとって,それに少し近い。
「ああ,俺、フラついてる時にこれ見たなぁ…」という感情がまず襲ってくる。

 

 

 

冒頭をちょっとだけ

主人公・相生あおい(高校三年生)が放課後,橋の上でイヤホンを嵌めてベースを練習しているシーンから始まる。
「私は,探している。ずっと,探している。」というあおいのモノローグとともに,いくつかのカットを挟み,場面は13年前の過去へ。あおいが当時高校三年生の姉,あかねと一緒に,あかねの交際相手の金室慎之介のバンドの演奏を見ていたシーン。二人の両親が亡くなり,あかねが進学を諦め,東京に出る慎之介に,地元で就職することを告げるシーン。
場面は現在に戻り,あおいを迎えに来たあかねが車のクラクションを鳴らし,あおいが演奏を切り上げる。
たとえ遠くとも,どんな夢も叶う場所を探している―あおいのモノローグが終わり,物語が始まる。

あおいは卒業後,東京で音楽をやって生きていこうと決めている。同級生とは距離を置いているが,あかねには心を開いている。
ただ,自分とは対照的に,自分を育ててくれたあかねは市役所に就職しており,地域の誰もに慕われている。あおいの中には,あかね本人に対する不満はなくとも,反発に近い感情があった。
市役所で町おこしの音楽フェスティバルが企画されているある日,近所のお寺のお堂でベースを弾いていたあおいの前に突然,13年前の慎之介(しんの)としか思えない少年が現れる。
同日,企画の目玉として招かれた大物演歌歌手,新渡戸団吉が訪市するが,その横には,バックバンドとしてギターを演奏する31歳の慎之介の姿があった。

夢を追っていた高校生当時のままのしんの。その背中を追ってベースを始めたあおい。
あおいを育てつつ,明るさを失わないあかね。暗くすさみ,人が変わってしまった慎之介。

あかねは市役所職員として企画のヘルプに駆り出され,あおいは,病気でダウンした新渡戸バックバンドメンバーの代打を務めることになる。
そして,望まぬ帰郷を果たした慎之介。三人にとって,自身の感情と向き合う日々が始まる。

 

 

雑感(全体)

見た後で知ったのだが,この作品は,
・『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(通称:あの花,あのはな)
・『心が叫びたがってるんだ。』(通称:ここさけ)
とともに"秩父三部作"とされているらしい。で,秩父という土地柄や,生まれ育った土地に対する閉塞感みたいなものに焦点を当てて見ることもできる。
これは映画のタイトルからも裏付けられる。
井の中の蛙,大海を知らず,けれど空の青さを知る」。あかねは高校卒業時,卒業アルバムにそう書いた。
しんのと東京に行く未来でなく,あおいを育てて秩父に残る選択をしたことを反映しているわけで,東京と秩父(故郷)が対になっているのは間違いない。*1

 

けど,個人的には,土地云々は単なる表層的なコードなんじゃないかなぁ,という気がする。
あかねの選択にしたところで,「東京か秩父か」というよりも「しんのかあおいか」という二択で言われた方がしっくり来る。
しんのだって,別に秩父が嫌いで東京に出てったわけじゃない。あおいだって,閉じ込められているのは秩父の土地柄だの田舎の閉鎖性だのじゃなくて,あかねへの負い目だろう。
本作のテーマは,各々自分の生き方を改めて選択する上で,身近な人への思いとどう決着をつけたのか,だと思う。

 

要するに,「一人一人が決着をつける映画」である(と思う)。この作品,僕はそこが好きですね。あくまで個として葛藤と対峙するところが。
そして,ハッピーエンドで終わってくれるところもいい。
この映画は,「私は探している」というあおいのモノローグで始まり,
「あー…空,くっそ青い」
というあおいのモノローグで終わる。
あおいは,自分から恋を終わらせる道を選ぶことで,自分の中のあかねから自由になる。
慎之介は,13年前の自分と対決して,かつて故郷で見た夢に縛られていた自分自身から自由になる。
あかねも,少しだけ,今までより自由になる。おにぎりの具が変わり,しんののことで人知れず涙をこぼさずに済む程度には。*2
三人が揃って,空の青さを取り戻すことができたラストで,凛としてて,とても清々しい。*3

 

そして。

  • 秩父の景色,めちゃくちゃ綺麗。まだ行ったことないんですが,行ってみたいなぁ…。
  • あいみょんの歌もいい。同タイトル曲も「葵」も,僕は好きである。

 

 

『井の中の正月の感想』

ところで上記
井の中の蛙,大海を知らず,けれど空の青さを知る。」
というフレーズ,別にこの映画で発明されたわけではなく,もともと流布しているもののようですね。僕は知りませんでしたが。
この点をいろいろ辿ってみると,北條民雄さんという作家の方がハンセン病で隔離されていた時に書いた「井の中の正月の感想」という作品の中で,

「かつて大海の魚であつた私も,今はなんと井戸の中をごそごそと這ひまはるあはれ一匹の蛙とは成り果てた。とはいへ井の中に住むが故に,深夜冲天にかかる星座の美しさを見た。
 大海に住むが故に大海を知つたと自信する魚にこの星座の美しさが判るか,深海の魚類は自己を取り巻く海水をすら意識せぬであらう。況や――。」

と書いたのがルーツではないか,というご見識に接しました。
鮮烈壮絶な迸りである。

*1:いや東京と秩父,近いやん…とも思われるかもしれないが,距離は,たぶん関係ない。僕は司法修習の1年間を宇都宮で過ごしたが,あれから3年半経ち,そうそう無邪気にも帰れなくなった自分がいる。宇都宮のことは今でも大好きなだけに,自分自身,かなり困惑している。『続・くだらない唄』(Bump of Chicken)の歌詞が20年越しに刺さる。

*2:あかねの葛藤の描き方はちょっと抑制しすぎじゃないかなぁとも思うが,こうしないと逆にあおいが嫌なやつになっちゃうだろうし,難しいところなんだろうなぁ。

*3:僕個人は年齢・立場・性別どれをとっても慎之介に感情移入して見てしまうのだけれど,ちょっとこの映画,慎之介に優しすぎるくらいである。結局,夢を追って一歩を踏み出したこと自体はしんのも肯定するわけだし,しんのが化体していたのであろうギターが壊れてしまうシーンをハイライトとして持ってくるんだから。(クズな側面も,いったん書かれつつも後からフォローが入るし。)